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つりビットを武道館公演まで見守るブログ(聞間彩/竹内夏紀/安藤咲桜/小西杏優/長谷川瑞)

つりビット(聞間彩/竹内夏紀/安藤咲桜/小西杏優/長谷川瑞)をその一つの目標である武道館公演まで見守るという視点で書いて行くブログです。 管理人は在宅としては『バニラな空』から、現場レベル(リリイベ)では『釣り銭はいらねぇぜ』から『Chuしたい』までの約1年間本格参加。その後は定期公演とライブ中心にスタンスを変更。インターネットを通じて、つりビットが新規ファンを釣り上げ、武道館公演をいち早く実現できるお手伝いができたら良いなと思って立ち上げたブログ。2017年4月以降は更新休止も現場にはそれなりに通い続けている。


安藤咲桜と出会って

2017年9月中旬、きっかけは定かでなく、やや衝動的ではあったけれど、安藤咲桜推しになった。

つりビットの楽曲と運命的に出会って約4年、現場に出て約2年半という中で、自分と安藤咲桜というアイドルがどのような関わりを持って来たか。

このエントリーでは、あくまでも自分の振り返りために書きたいと思っている。


在宅時代の話

在宅時代はただ曲が好きで曲ばかりを聞いていた。

もちろん動画も画像もネットにはあったけれど、「現場に出て直接会ってみないとアイドルのことなんてわからない」という持論があったので、在宅の段階で誰を推すとかは決めなかった。

センターの子が可愛いと思っていたけれど、あれ?センター変わったの?この子もいいね!

さくが釣りセンターになった『Go! Go!! Fishing』のMVだった。



今思えば何となく在宅時代を振り返っても、直近の現場でのことと同じような流れを感じる。


初現場でのこと

つりビット初現場はリリースイベントだったが、基本ライブに行って特典会には参加しないスタンスを最初は取っていて、ようやく慣れて来た頃に全員握手会に臨んだ。

初握手会は『釣り銭はいらねぇぜ』タワーミニダイバーシティー東京プラザ店内でのライブなしの握手会だった。

自分のブログには「可愛かった」と残しているが、一方で話した言葉を聞き返されたりして、自分も久々の握手会で声があまり出てなかったのかも知れない。

それでも『Go! Go!! Fishing』で可愛い子がセンターになったんだなーって思ったんだよ、みたいなことを言えた気はする。



『釣り銭はいらねぇぜ』リリース週から名古屋遠征へ

その後ちょっと空いて、リリイべ週へ。

フラゲ日はTIF明けでメンバーが完全に疲弊していて、さくまさかの休演とか。

ただ、当時は「中学生メンバーは推さない」というかつての経験から来る勝手な言い分でみーちゃん推しをしていた。

もちろん消去法的に推したのではなく、対応が良かったとか、会ってみたら写真のイメージと違う魅力があったとか、そういう要素があったから推せたし、そうでなければ箱推しをしていたはずなので。

実は初の全員握手会以来、「みーちゃん以外には一切行かない」という極端なことをしていたので、他の4人とはライブで顔を合わせるだけだった。

リリース週が終わり、名古屋リリイベ遠征へ。

この時「つりビット全体を見るのにみーちゃんばかり見るのは偏るよな~」と思って、この日から全員握手会には必ず参加するようにした。

その時の名古屋リリイベでは、生意気にもさくのパフォーマンスがどうのこうの言ってしまう、彼女にとってはちょっと嫌な人だったかも知れない。

もちろん直接的には言ってなくて、「昔の動画を見たらさくがシャキシャキ踊ってたよ」みたいな話をして、さくが「どっちの方が良いかなー?」と返して来たり。

でもそういうやり取りをしたら、なんか急に自分が反省してしまって、そういう話より「純粋に応援をしよう」って思ったのもこの時。

これがあって、楽しむために何ができるかをより考えられるようになった。




名古屋リリイベ遠征、つりビットの応援はセカンドステージへ

くだらない推し論はもうやめて、楽しく過ごそう



写真集『フィッシングヘブン』で初チェキ

この時発売された写真集『フィッシングヘブン』。

ライブとチェキが楽しめる発売イベントがあった。

ランダムチェキとアナウンスされていたこともあり、現場で交換とかできる知り合いもいなかったので、とりあえず5冊、5人分を購入して5人とチェキが撮れることになった。

当時の自分ルールでは「中学生メンバーとは2ショットでチェキは撮らない」というのがあったけれど、「但し、全員と公平に撮る場合は除く」という但し書きで逃げて、初のさくチェキに臨んだ。

この時はいつになく緊張した。

まず、さくとはそもそも握手会での失敗が相次いでいたこと。

それは聞き返される事案が何回かあったこととか、自分が指導系に走ったりしてて、気まずさの意識が強かったのもあったと思う。

いざさくの前に立っても何も言えない自分に「今日のイベントどうでしたか?」と普通に聞かれて「あ、うん、良かったよ」としか言えない自分の不甲斐なさの中で、思い出の初チェキは終了した。

正確に言うとさくが眩しすぎて直視できなかった。

このことは最近の個別握手会でも「そんな状況だったのに今では普通に話せるようになったよね」とさくの方から言ってもらえたりした。



初の手紙を書く

この時は毎週のように会えるリリイベ期間ではなかったので、なかなかみーちゃん以外の4人との関係性を上げて行く手立てがなかった。

「メンバーみんなのことを知らないといけない」と思った自分が、この状況の中でできることは手紙を書くことだけだった。

でもこの手紙は、それまで同じように事故ってばかりいたちゃんあやとも握手会で話せるようになったきっかけにもなったし、同じようにさくとも話せるきっかけになった。

その時は確かファンミがあって、みずきチームが釣り上げた大物をさくチームにゲームで負けて横取りされるみたいなことがあって、翌日の選民の握手会でさくが「昨日は横取りしちゃってごめんなさ~い」みたいなことを言ってきて、「あれ?さくって僕がみーちゃん推しだって把握してる?」みたいなことを思ったり。



ウロコ雲とオリオン座

『ウロコ雲とオリオン座』のリリイベが始まった。

この曲が一発で大好きになった自分は、さくと「ウロコ雲大好き同盟」みたいな感じで、毎回のように「ウロコ雲いいよね~」って言っていた記憶。

発音が曖昧だった歌詞のことを確かめたり、この頃は当初の握手会苦手すぎ状態を脱していたようなきがする。


11月に海鷹祭があって、その後の渋谷リリイベで3ショットチェキを初めて撮った。

さくあやペアで、「両手に花」とか言ってた記憶。

懐かしいな~、この時の3ショットは最初で最後になってしまう気がするけれど。



中学3年生安藤咲桜のやりたかったこと

吉祥寺の個別握手では初めて2回の個握に臨んだ。

正確には全員推しをしたいと頑張っていたので、全員と2回の個握をした。

将来何をしたいの?みたいな話をした時に、いろいろな人とコミュニケーションするために手話をやってみたいみたいなマジレスをしてもらった。

それが実現できているかは定かではないけれど、今となってみれば「あらゆるファンとのコミュニケーション」を意識しての発言だったのだということは容易に理解できる。

SKE48の須田亜香里がファンを覚えるためにノートをつけているという話は有名だが、恐らくそれに匹敵する握手会対応の意識を持っているのがさくなんじゃないかと思ったりはする。



2度目の2ショットチェキ

ニコニコ本社であったリリイベで2度目のチェキを撮った。

当時はみーちゃんとチェキを撮るのは必須だったのだけれど、その前に再び行った名古屋のリリイベで「中学生メンバーとのチェキ解禁」ということになって、リリイベではその日のステージで一番輝いていたメンバーとチェキを撮る、みたいなことをやっていた。

あゆとあやの両名を行き来していた自分が、せっかく大好きなウロコ雲のリリイベなのにさくと撮れないのは勿体無いと思って、ようやく撮ったという感じだった。

本人にはもちろん言ってないのだけれど、ステージを見ていて、さくのパフォーマンスにだけは「もうちょっと大きくならないのかな?」「スピード感がつかないのかな?」と常々思っていた。

なので、そのあたりのパフォーマンスがきれいにできているメンバーの方に自然と目が向いてしまっていた。

でも、この日のさくとは何となくチェキが撮りたくなって、彼女のもとに向かった。



2015年末のforTUNE握手会

その年の年末にforTUNEのリリイベがあって、個室で握手会をした。

その時に「1000人規模のライブ会場を目指したい」という話を聞いた。

まさか、それが1年ちょっとで本当に実現できると思わなかったのだけれど、赤坂BLITZへの道は実はこの時から始まっていた。

個人的にはこの日を境に全員推しというスタンスをやめ、あゆ推しになった。



初のさく生誕

初のさく生誕があった。

終わりの個別握手会では当日のセットリストの話で盛り上がった。

眩しくて話せなかったさくと楽曲トークができるようになったことは嬉しかったが、その時、自分がさく推しになることは不思議と全く想像できなかった。



名前認知の超絶神対応

4月になつさくあや3人の卒業パネル写真展があった。

実はこの時点であっさりあゆ推しがあや推しに変わっていて、推しのイベントだったからそこに居たというのが本当のところ。

最後のお渡しイベントの時に、用意されたチェキ用の台紙が大量に売れ残ってしまうという事案が発生。

運営判断でこの台紙だけを今日のメンバーのサイン(名前)付き1000円で大放出する、ということになった。

その時、あや以外の2人、つまりさくなつにもサイン入り台紙をもらおうと思って列に並んだ。

実は初のさくサイン。

そして、普通はそこで名前を名乗るのだが、その前に「せいじさんですよね?」と言われる。

「え?え?なんで知ってるの?名乗ったこと一度もないのに...」

「お手紙いっぱいいただいていたし、そこに写真も入っていたから」

今はやっていないのだが、家にチェキを置いておけない状況だったので(今は会社に置いている)、撮ったチェキは手紙と一緒に送ってしまって、事実上メンバーに預かってもらうようにしていたのが功を奏したらしく、それでもその日こんな状況で普段来ないヲタが名入りのサインを求めてやってくることは想定外だったと思うし、それでも自分の名前を正確に覚えていたことに驚いた。

まさに神対応をしてもらったような感覚だった。




4/23(土)つりビット聞間彩・安藤咲桜・竹内夏紀中学卒業記念写真パネル展最終日(お渡し会&ワイドチェキ会)



定期公演でのこと

当時はAKIBAカルチャーズ劇場で定期公演が行われていた。

その6月の定期公演5回目で、初めてすごく踊れてるさくを見た。

本人は髪が軽かったからと謙遜していたが、「今までずっとこういうさくが見たかったんだよ!」と思えるようなパフォーマンスを舞台上で見ることができた。

特に初期の頃何度かそういうことを本人に言ってしまったこともあったので、それらを打ち消すように握手会で彼女に率直に素晴らしさを伝えたし、ツイートもしてブログにもそのことを書いた。

今思えばそれ自体も純粋に全てを褒めてる訳ではない(比較で褒めているだけであって、過去は否定していることになる)のではあるが、とにかくステージを見ていて嬉しい気持ちになったのが久しぶりだったので、その気持ちを表現したという感じ。




6/6(月)つりビットAKIBAカルチャーズ劇場定期公演(第5回)



ポニーテールのさくに惹かれて

その後、12月までは定期公演の日々だった。

フェスに行かなくても満たされていたし、とにかくAKBやSKEファン時代に楽しんだ劇場公演というかけがえのないスタイルが良かった。

しかし、そんなに良き時代がいつまでも続く訳でもなく、定期公演が終わることになった。

そして最後の定期公演で披露された『MyVictory』ではさくのポニーテール砲が炸裂した。

このポニーテール砲は実に強力で、私の周囲でもこのポニーテールさくとチェキを撮りに行ったさく推しでない人を何人か知っているくらいだ。

そして、実際さくに注目し始めたのはこの頃で、実はその頃ご案内した遠方の方の影響も大きかった気がする。

地元のカラオケボックスでつりビットの番組が流れていて、そこに映っていたさくを発見して、とにかく会いたいと思って東京に来られ、最後の定期公演をご案内した。




12/22(木)つりビットAKIBAカルチャーズ劇場定期公演(第17回/最終公演)



赤坂BLITZワンマンとアルバムのリリイベ

2017年が明けると、アルバムのリリイベが始まった。

今思えばリリイベ初日に大遅刻して下手側横でライブを観覧した時から、さく推しへの道が始まったのかも知れない。

アルバムのリリイべに関連するブログを読み返していると、さくに言及することが増えてきた。

そして、さく生誕の頃には「二人推し」とか平気でブログに書いていた。
 
 
赤坂BLITZのワンマンでの課題は体力だった。

体力づくりのトレーニング中、明らかにさくがバテてるような映像も見られたので。

個別握手会でそのことにちょっと言及して「体力面って本当に大丈夫なの?」と意地悪なことを聞いてしまったこともある。

でも実際赤坂BLITZではバテなかったし、動きも力強くて、安心して見られるパフォーマンスになったと思った。

遠征のさく推しの方が電車の都合で帰らざるを得なくなって、代理でさくとチェキを撮った。

なんとなくそういう義務を果たそうとしてさくと接していた気がするが、それでも嬉しい義務感だったし、逆に言うとその遠征の方がさく推しのきっかけを下さったような気も今ではしている。

そしてそんな自分は相変わらず「あや&さく」のダブル推しをしていて、どっちつかずの状況だったり、モチベーションが上がらなかったりして、アルバムのリリイベ期間はそんな感じで過ごしていた。




2017年2月26日(日)つりビットワンマンライブ「赤坂サカナ!~みんなで釣ろう赤坂BLITZ~」@赤坂BLITZ





2度目のさく生誕もあった。

生誕ではいつも通りに過ごしたが、会場に貼ってあった昔のさくの写真を見ながら「当時のさくを好きになれたか?」と自問してみた。

「今」の輝きが増したさくが好きという観点からすると、当時のさくを好きになれたかどうかは正直わからないと思った。

もちろん好きになってしまえば、全て好きにはなれるのだけれど、実際「その当時に戻ってみると違う判断が下される」ということはあると思うし、実際自分の歩んできた道がそうなのだから、それは仕方がないと思っている。

次の3度目の生誕こそ、さく推しで迎えたい。




2017年3月25日(土)つりビット『安藤咲桜(さくちん)16歳の生誕祭ライブ2017』@AKIBAカルチャーズ劇場



フェス時期を飛び越え、『1010~とと~』のリリイベへ

フェス時期は安定のお休み。

今年は5月から急に忙しくなって、自分の新しいテーマに取り組むこととの両立もできなくて、つりビットの応援活動はかなり縮減した。

それが明けて9月から『1010~とと~』のリリイベが始まった。




【大総括】つりビット9thシングル『1010~とと~』のリリイベを振り返る~前半編~

【大総括】つりビット9thシングル『1010~とと~』のリリイベを振り返る~後半編~




ここに割と克明に自分の心情変化を書いたけれど、気づくとさく推しに変わっていた。

実は過去にも同じような経験をしていて、SKE48で推していたメンバーと、応援していた研究生がいて、毎日毎日出演機会がある研究生に注目していたら、いつの間にか気持ちが研究生の方に行ってしまっていて、推していたメンバーに戻ってこられなくなってしまった。

もちろん今回の場合は接触機会が均等にあったので、それとは状況が違うのだけれど、あっさりさく推しになってしまったのだ。

その後の詳細は先のブログエントリーを見ていただければと。


人気メンアンチを乗り越えて

僕がSKE48を応援していた頃、推していたメンバーは総選挙で大躍進して今では神のような存在になってしまった大矢真那、同じく総選挙で大躍進して本店の選抜に入って最後はキャスターへの道を切り開いた柴田阿弥、今は三上悠亜と名前を変えているが業界の1位を取ってしまうまでになってしまった応援当時研究生だった鬼頭桃菜。

一方で松井玲奈や松井珠理奈、あるいは前田敦子や大島優子、指原莉乃といった人気メンやセンターメンには一切興味が湧かず、むしろ人気メンアンチ、センターアンチだった私が、少し前にセンターアンチを克服した。

そして今回のさく単推しで人気メンアンチも克服することができた。

もちろん人気メンならではの推しの苦労はあるけれど、それでも応援する価値が高いと思って、今は安藤咲桜というメンバーを推している。




私の応援スタンス

私がさく推しになってやりたいことはすでに決めている。

今週、週間プレイボーイが発売されて、さくには当然注目が集まる。

その注目の多くは王道アイドルつりビットの安藤咲桜のニュアンスよりも、グラビアアイドル方向の安藤咲桜という意味合いの方が明らかに強いだろう。

つりビットのプロジェクト全体で考えた場合、そのつりビットの入口としてそれが機能するという意味では、この安藤咲桜のグラビア戦略は必要だとは思うが、それだけでファンが増えても、ではそういうファンが本来のアイドル活動であるライブやリリイベや特典会に足を簡単に運ぶかというと、それには少し疑問がある。

その意味では、私のような彼女を推しているブロガーが、さくは見た目の諸々だけでなくて、対応も素晴らしいし、頭も良いし、「関係性を成長させるゲーム」としてのアイドル応援に是非参加して下さいよ、という提案をしたくてやっているという部分は多くある。

そして、このエントリーでは私自身も勝手がわからなくて最初の頃は握手会で撃沈して、チェキでも彼女を直視できなくて撃沈したという苦い記憶をカミングアウトすることによって、同じような悩みでつまづく人を少なくしたいし、そうなったときにどうやって克服したかも、恐らく当ブログをきちんと読んで頂ければ一定のベストアンサーが見い出せるだろうと考えている。

特典会になった時、さくのところにチェキを撮りに行く人は多いけれど、握手会に行ってループをしている人はそんなに多くない。

純粋なフォロワー数では2番手にダブルスコア以上で差をつけているのにこのような状況というのは、本当の安藤咲桜に触れずに過ごしているファンが多いということにもなるわけで、それはとてももったいないと思うのです。

なので、しばらく休んでいたこのブログも更新を再開して、よりリアルタイムなアイドル安藤咲桜との出来事や関係性をレポートできたらなと、現段階では考えている。
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プロフィール

HN:
せいじ
性別:
男性
自己紹介:
つりビット歴は在宅を含めると約2年半(『バニラな空』から)、現場歴は1年(『釣り銭はいらねぇぜ』から『Chuしたい』まで)。
アイドル(現場)歴はチェキッ娘(2000年)→48G(2010~2012年)→つりビット(2015年~)

Twitter(@p_chinfo)

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